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ブリーフィング

コロナウイルス: 法的解釈および実務上検討すべきポイント

新型コロナウイルスの発生・感染拡大は、航空業界や観光業界はもとより、自動車、製造、金融、テクノロジー、建設、保険、小売等、様々な業界においても重大な影響を及ぼしつつあります。

中国、特に自動車や電子機器分野の製造拠点である武漢市の工場閉鎖によって、製造活動への障害や在庫管理上の問題が生じるなど、グローバルサプライチェーンは混乱の状況にあります。また、渡航制限によって、エンジニアや労働者は建設プロジェクトのために渡航することができなくなり、これによりコスト上昇を招く遅延が発生するおそれがあります。さらに、人々が外出を控えることにより、中国を始めとするアジア諸国における個人消費は急激に落ち込んでおり、企業のキャッシュフローに重大な影響を及ぼすおそれがあります。加えて、エネルギー需要も急落しており、石油価格の下落や生産過剰の懸念が生じています。各国の経済が密接に関連し合うグローバル経済の下では、これらの問題は今後も世界中に波及していくものと予想されます。

当事務所においても、クライアントの皆様から、コロナウイルスの発生・感染拡大によってクライアントご自身や契約の相手方が負う契約上の義務はどの程度免除されるのかという点についてご相談を頂く機会が多くなっております。このような問題に関する経験に基づいて、一般的な対応指針を取り纏めましたので、以下のとおりお送りいたします。

要旨

新型コロナウイルスの発生・感染拡大は、各国の経済が密接に関連しあう現状において、商取引に対して重大な影響を及ぼしています。契約上の義務が免除されるかを判断するにあたっては、契約条項(不可抗力、MACおよび法令変更などに関する条項)、および各国における適用法令(履行不能、不可抗力および事情変更等)に関する総合的な検討が必要となります。

このような法律上の条項や原則についての正確な概要や、潜在的に矛盾する法令間の関係を把握することは容易ではありません。

事態が刻々と変化する中においては、コロナウイルスの発生・感染拡大の状況や、当該状況が契約上の義務履行にどのような影響を与えるかについて注視することが重要です。想定される実務的な対応策は次の通りです。

  • 契約上の義務について不履行の可能性がある場合は、リスク回避のために合理的な手段を講じること、または、 これらについて契約の相手方と協議すること。複数ある契約のうち一部についてのみ履行可能な場合は、適用法令および関連する契約条項を考慮の上、どの契約を優先するかについて、細心の注意をはらって判断すること
  • サプライチェーンがコロナウイルスの発生・感染拡大の影響を受ける場合、代替手段を確保すること
  • コロナウイルスの発生・感染拡大またはその影響について、貴社が付保している保険契約でカバーされているかについて検討すること
  • 不可抗力条項や保険適用の前提となる通知義務に注意すること
  • コロナウイルスの発生・感染拡大とその影響が、貴社の契約上の義務履行にどのような影響を及ぼしているかについて詳細な記録をとること(後日、当該義務の不履行について訴訟となった際に、当該記録は有益な情報となるためです。)。
  • 同様の理由から、社内外のコミュニケーションにおいて、コロナウイルスの発生・感染拡大の影響に関する発言をする場合は慎重に行うこと
  • 契約相手との長期的な関係を考慮すること。本書で言及される不可抗力、履行不能またはその他の原則が、コロナウイルスの発生・感染拡大により引き起こされた問題に対する合理的な商業上の解決策を交渉する上で交渉材料となるかについて検討すること
  • その他コロナウイルスの発生・感染拡大による商業上・レピュテーション上のリスク(人事・雇用に係る問題および契約相手の倒産リスク等)を考慮すること

契約の内容

まずは、適用される準拠法に基づき貴社が締結している契約の条件を検討することが重要です。

不可抗力条項

商業上の契約には、しばしば「force majeure(不可抗力)」条項が含まれています。当該不可抗力条項は、一定の状況下で、当事者に対して契約を履行することを免除ししたり、または当事者が損害賠償責任を負うことなく契約を終了することを可能にするものです。典型的には、不可抗力条項において、当事者が次の括弧書きに記載された事項を理由として契約上の義務を履行することができなかった場合(その義務履行が妨げられたまたは遅延した場合を含む。)に、その当事者を損害賠償責任から免責する旨が定められます。

「天災地変、洪水、干ばつ、自然災害、戦争その他[当事者]の支配することのできない事由」1

一般的に、コロナウイルスの発生・感染拡大によって直接影響を受ける当事者は、契約の準拠法に基づき、それが不可抗力条項の対象であることを証明しなければなりません。その際に重要となるポイントは次の通りです。

  • 不可抗力条項において、エピデミック(一定の国・地域における感染症の流行)、パンデミック(世界規模での感染症の流行)、伝染病が不可抗力事由に該当すると明示的に述べられていること(これは、コロナウイルスの発生・感染拡大が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると世界保健機関(WHO)が宣言したことに鑑みて、特に重要なポイントです。)。2
  • コロナウイルスの発生・感染拡大により、労働力もしくは原材料の不足、またはストライキなど不可抗力条項に明示的に規定された事由が発生したこと。
  • 一般的な文言(「当事者のコントロールの及ばない事由」など)が不可抗力条項に含まれていること(特に、準拠法の下で、コロナウイルスの発生・感染拡大またはその影響がこのような一般的な文言に含まれると解釈可能かどうかが重要なポイントになります。)。

通常、不可抗力条項において、エピデミック、パンデミックまたは伝染病を明示的に特定しているものは多くありません。そのような場合、コロナウイルスの発生・感染拡大による影響が不可抗力条項の範囲内にあるか、または不可抗力条項が具体的に特定する事由に匹敵するとみなされる広義の一般的な文言が定められているかどうかについて分析する必要があります。また、契約の準拠法の中には、商習慣に沿った解釈を優先する原則などの、契約の解釈に関する原則が規定されていることもあります。

なお、中国法には「不可抗力の原則」という独立した法理論が定められており、契約上に不可抗力条項がなくても当該原則が適用される可能性があります。この点については、後述します。

重大な悪影響を及ぼす事由に関する条項

融資契約やM&A契約には、一般的に重大な悪影響を及ぼす事由に関する条項(MAC条項)が含まれます。MAC条項によって、融資取引においては借主の立場や状況に重大な変更があった場合に銀行側が債務不履行事由とみなすことが可能になり、M&A取引においては対象会社に重要な変更があった場合に買主がクロージング前に当該買収から撤退することが可能になります。例えば、信用供与枠契約では、「借主の融資関連契約上の義務を履行する能力に重大な悪影響を及ぼす事由」、借主の「事業、運営、財産、財務状態またはその見通しに重大な悪影響を及ぼす事由」がある場合は、貸主は当該事由の発生をもって債務不履行とみなすことができる旨が定められているケースがあります。

コロナウイルスの発生・感染拡大によりMAC条項の適用の可否を判断するためには、MAC条項中の文言の正確な意味内容(例:事業の中断または財務上の見通しへの言及)、および準拠法に基づく契約条項の解釈について検討が必要になります。MAC条項をめぐる契約交渉は困難なものになることも珍しくなく、当事者の交渉力によって具体的文言の解釈内容の幅が左右されることがあるため、個別に分析する必要があります。

法令変更の条項

契約期間が長期に亘る契約では、適用される法令の変更により、当事者が当該契約上の義務を履行することが著しく困難または不可能になった場合、当事者に契約を解除する権利(または契約内容の再交渉に最善の努力を尽くす権利)を付与する「法令変更(change of law)」条項が含まれることがあります。

例えばコロナウイルスの発生・感染拡大を抑制するために、契約上の義務を負う当事者の能力を制限する法律が成立した場合、法令変更の条項が適用される可能性があります。当事者の能力を制限する具体的規制としては、渡航制限、検疫措置、政府の命令による工場閉鎖またはサプライチェーンの停止などが挙げられます。

そのため、中国に関連する契約の当事者は、中国の立法機関、行政機関およびその他の機関が、コロナウイルスの発生・感染拡大への対策として制定する新法や行政措置に注意を払う必要があります。また、これらの機関がとる措置以外にも、最高人民法院の司法解釈は、コロナウイルスの発生・感染拡大に係る係争について下級審が判断する際の指針となるため、当事者は、当該司法解釈についても注視する必要がありますこれら立法・行政・司法上の各措置に対して法令変更の条項が適用されるかについては、関連する条項の対象範囲と文言の意味内容によります。

適用法に基づく契約上の義務の免除

多くの法制度の下で、当事者が契約上の義務を遵守することが不可能な場合(または困難な場合)に当該義務を免除するという一般原則が認められています。当該一般原則は、契約上にそのような義務の免除について明示的な規定がない場合でも適用されるものであるため、重要といえます。

履行不能

香港法・英国法を含む、大多数のコモン・ロー体系では、契約成立後に、当該契約上の義務の履行が物理的・商業的に不可能になるか、履行義務が根本的に異なる内容の義務に変更された場合、当該契約は履行不能としてその義務は免除されると定めています。

しかし、履行不能の立証ハードルは高く、広く定義された不可抗力条項や、現状をカバーする条項がある場合、当事者としては、そのような条項に依拠する方がよい場合もあります。なお、履行不能事由とは以下の要件を満たすものです。

  • 契約中に予測・規定されていない事態
  • 履行不能を主張する当事者を原因としていない事態
  • 想定外・外因による状況の変化

現状においては、社会的混乱は契約上の義務履行を不可能にするものか、もしくは当該義務を根本的に異なる義務に変化させるものか、または単に契約上当事者間で割り当てたリスクに該当するものとして捉えられるのかという点について、争いとなる可能性があります。その際に重要となるのは、当該状況の期間と程度、当該状況が時間の経過により解決可能なものかという点です。

例えば、納品日が重要な契約要素とされているあるサプライヤー契約において、臨時休業の延長や渡航制限により、サプライヤーが特定の日までに納品できない場合は、当該契約は履行不能となる可能性があります。

他方で、社会的混乱が比較的限定的なものであれば、履行不能とみなされることはありません。例えば、2003年のSARSの発生・感染拡大時に出された隔離命令により、あるテナントが賃貸物件を占有できなくなり、当該テナントが隔離命令によって賃貸借契約上の債務が履行不能になったと主張しましたが、香港の裁判所はこの主張を退けています。同裁判所は、テナントが賃貸物件を占有できなかった期間は約10日間であり、2年間のリース契約に基づきテナントが有する権利の性質を大きく変更するものではないと判断しました。3

中国法における「不可抗力」

コロナウイルスの発生・感染拡大による影響の大部分は中国に及んでいることから、契約上の責任について、中国法にしたがった分析をすることが必要になる局面も増えることが予想されます。中国法には、コモン・ロー法体系下の弁護士にとっては馴染みのない、重要な条項が複数あります。

中国以外の国で締結された国際取引において、取引関係が中国以外の法令に準拠している場合であっても、契約上の責任問題について中国法がどの程度影響力をもつのかという点は非常に重要です。この点は、当事務所のクライアントの皆様がすでに取り組んでいる問題であり、今後も争点となることが予想されます。

中国法は、契約上に不可抗力条項がない場合であっても、不可抗力の原則が適用されることを認めています。このような原則の下では、当事者の一方が、不可抗力、すなわち「予見不能、不可避かつ克服不能な客観的事情」によって、契約上の義務の履行を怠った場合、または他方当事者対し損害を与えた場合には、当該当事者の民事上の責任は免除されることになります。当該状況下では、当事者は契約の解除権を有し、また契約上の義務の不履行についてはその一部ないし全部について免除されます。4

当事者が不可抗力の原則に依拠してその契約上の義務の免除を受けるためには、当事者は、相手方に対して速やかに通知し、合理的な期間内に予見不能、不可避かつ克服不能な事由に関する証拠を提供する必要があります。中国国際貿易促進委員会(CCPIT)等の中国の機関が発行する「不可抗力に関する証明書(force majeure certificates)」はこのような証拠の一例です。なお、CCPITは、コロナウイルスの発生・感染拡大の影響を受けた輸出者は同証明書を申請することができる旨を発表しています。また、CCPITは、中国外からの注文に係る不履行についてクレームを受けている企業に対しても同証明書を発行しています。

ただし、このような証明書をもって全ての問題が解決するものではないという点に注意する必要があります。中国を含む各国の裁判所や国際仲裁機関が、このような証明書が存在する場合であっても、不可抗力事由が発生したという当事者の主張を認めない可能性があるためです。5

実務上、コロナウイルスの発生・感染拡大が不可抗力事由に該当するか否かは、契約上の義務を負う当事者の義務履行に係る能力にどの程度コロナウイルスの発生・感染拡大が影響を与えたか、特に、義務を履行できない状況が本当に不可避・除去不可能なものだったのか、全面的に予見不可能なものだったのか、または全部もしくは部分的に義務が履行できない状況だったのかといった個別具体的な事情に基づいて判断されます。実際、2003年にSARSが発生・感染拡大したとき、中国の裁判所は、いくつかの事例においてSARSの発生・感染拡大をもって不可抗力事由と認定しましたが、不可抗力と認定しなかった事例も複数あります。

「事情変更」

不可抗力の原則に加えて、昨今、中国法は、契約当事者が、「事情変更(change of circumstances)」を証明した場合、当該当事者にその契約内容を修正又は解除する権利を認めるようになりました。このような考え方はフランス法における不予見(imprévision)理論と類似する点がありますが、一部のコモン・ロー法体系下の弁護士にとっては新しい概念といえます。

この原則のポイントは、契約上の義務について継続的な履行が可能な場合であってもそれを継続することが当事者間において明らかに不公平である場合に当該原則が適用される点です。具体的には次のような場合に「事情変更」の原則が適用されます。

  • 契約締結後に生じるもので、契約締結時には予見できないもの
  • (中国法において認められている)不可抗力事由に起因しないもの
  • 商業上のリスク、すなわち両当事者が合理的に予測・想定することができる、通常の市場におけるリスクに該当しないもの
  • 契約を継続した場合、一方当事者にとって明らかに不公平であるもの、または契約が履行不能となるもの。具体的には、ある契約当事者が、コロナウイルスの発生・感染拡大による在庫不足の結果、製造コストが高騰し、当事者間であらかじめ合意した価格で契約の相手方に製品を供給するのは明らかに不公平であると主張する場合です。

この原則の概観および中国法下での不可抗力の原則との相違については、まだ十分に検討されていません。どのような事情をもって「明らかに不公平」または「履行不能」と判断されるのか、およびこれらの基準の評価方法については、今後の重要な問題となります。例えば、原材料費が50%高騰することは明らかな不公平に相当するか、政府が課した検疫措置による労働力不足は契約履行を妨げるか、などが今後生じ得る争点といえます。

コロナウイルスの発生・感染拡大の影響を受けた当事者が、不可抗力の原則または事情変更の原則のいずれを主張すべきかという点については、個別具体的事情によって考慮されるものです。このような検討を行うに際して重要な点は、当事者には様々な救済手段が用意されているということです。先述の通り、不可抗力の原則は、当事者に対して契約を解除する権利、義務の不履行に係る責任について免除される権利を与えます。他方で、事情変更の原則の下では、当事者は、中国の裁判所において、契約内容を修正することができる可能性があります。

事情変更の原則において認められる救済策は、不可抗力の原則に比して限定的なものではないと言えますが、事情変更の原則が現在の状況下においてより広く利用されていくかについてはまだ不明瞭です。国際的に見れば、過去の事例にもありましたが、コモン・ロー法体系下の裁判所や国際仲裁機関が、その救済手段として契約内容の変更を認めるかという点は、今後注視すべき点になります。

契約上の義務の一部履行

当事者によっては、契約上の義務のうち一部のみが履行可能な状態にあるという場面も考えられます。具体的には以下のような状況をいいます。

  • ある電子機器メーカーが、500トン分の製品を供給するという内容の契約を2件締結した。しかしサプライチェーンの混乱により、当該メーカーが保有する在庫品は600トン分のみであった。
  • 顧客が輸送網の混乱によりLNGターミナルからの供給を受けることが不可能となったため、当該ターミナルにおいても人手不足やキャパシティ不足のため、一部のサプライヤーからの供給を受けることが不可能となった。

上記の場合、当事者は適用法令及び各契約の条件について慎重に検討する必要があります。適用法令や契約の条項中に、契約当事者において契約上の義務について割合に応じて履行するのか、または、ある契約上の義務については履行するがその余については不可抗力もしくは履行不能を主張するか(その場合、当事者はもっとも有益な契約を選択することができるか)といった点について定められている可能性があるためです。

結論

コロナウイルスの発生・感染拡大は、ここ数カ月に発生した米中貿易戦争や香港の社会不安と同様に、アジアのみならず世界中のビジネスやマーケットを著しく混乱させる可能性が高いと考えられます。この問題に対して迅速かつ適切に対応するためには、当事者は、自社が契約上有している権利の内容、当該権利を保護するための手段について理解する必要があります。契約がクロスボーダーの性質を有する場合や複数の国の法令が適用される場合には、状況はさらに複雑なものとなります。当事務所は、コロナウイルスの発生・感染拡大がもたらす法的な問題について、今後も注視して参ります。

脚注

1 また、2003年のICC不可抗力条項も参照のこと。不可抗力事由(https://iccwbo.org/publication/icc-force-majeure-clause-2003icc-hardship-clause-2003/)が成立したと推定される事象の一覧表に「疫病」が含まれています。

2 https://www.who.int/news-room/detail/30-01-2020-statement-on-the-second-meeting-of-the-international-health-regulations-(2005)-emergency-committee-regarding-the-outbreak-of-novel-coronavirus-(2019-ncov)

3 Li Ching Wing v Xuan Yi Xiong [2003] HKDC 54.

4 これは、国際物品売買契約に関する国際連合条約上の「障害」の概念と類似性を有しています。

5 Hoecheong Products Company Limited v Cargill Hong Kong Limited [1995]UKPC4aでは、UK Privy Councilが、CCPITからの証明書を必要とする不可抗力条項、および当該条項下において証明書に含むべき内容を検討しています。Lordshipsは、証明書は、不可抗力の例外を適用するに至った事実が存在したことの証明に代わるものではなく、あくまで追加的なものであると判示しました。

コンタクト: 中尾 雄史ヨハン・エルロットニコラス・リンガード山田香織ワキーン・テルセーニョジェームス・ネポールシングカレン・コン

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Briefing Coronavirus - implications for English law contracts 20 March 2020
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