Skip to main content

ブリーフィング

ディストレスト状態にある海外事業の売却 - 日本企業(売主)のためのガイド

昨今、日本においても、複数の業種を手掛ける巨大な企業の解体に向けた動きが見られるようになりました。特に自動車業界において、ディストレスト状態(すなわち、経営不振等により財政難に陥っている状態)にある海外事業が売却され始めています。財政難に陥っている事業を適切に運営・管理し、売却に向けた準備を進め、売却合意を成立させるためには、様々な法律上及び実務上の問題をクリアする必要があります。法的な考慮事項は法域によって異なりますが、どの法律が適用されるかにかかわらず、原則として、以下の事項を検討する必要があります。

1.  取締役の義務、ゴーイングコンサーン及び倒産手続の申立てを行う義務

取締役の義務は、通常の場合と比して、事業が財政難に陥った場合の方が厳重となる傾向にあります。特に、本社(日本法人)の従業員が海外子会社の取締役として出向するケースの場合、「より厳重な義務」が当該取締役に対して課せられることもあるため、注意が必要です。取締役は、事業についてゴーイングコンサーン(すなわち、一定期間にわたって当該事業のキャッシュフローがプラスに維持されること)の状況を丁寧に確認し、その正確な把握に努める必要があります。ゴーイングコンサーンの検証は、ローリング方式による短期間(13週間)のキャッシュフロー予測をベースに、長期間(例えば1年間)のキャッシュフロー予測を補完的に用いて実施されます。キャッシュフロー予測の妥当性を保証し、ゴーイングコンサーンに関する見通しをより明らかなものにするため、外部の専門家の力を借りることを推奨します。

ゴーイングコンサーンが成立しなくなった場合や、会社が支払不能又は債務超過の状態に陥った場合、取締役は、倒産手続その他類似の裁判手続の申し立てを行うことを法律上要求されることがあります。取締役は、仮に倒産手続等の申立てを行う義務を適時に履行しなかった場合には、個人として責任を問われることがあります。また、民事責任のみならず、刑事責任を問われることもあります。したがって、取締役においては、倒産手続等を申し立てる義務が(現時点において)存在しない場合であっても、倒産の段階に至る前に、裁判上又は裁判外の代替的な(倒産前)債務整理手続について専門家から助言を得ておくことが望ましいと考えます。

2.  株主の責任

海外事業が独立した法人によって運営されている場合には、親会社である日本法人が直接責任を問われる場面はほとんどありません。しかし、例外もあります。例えば、親会社の行為により、海外子会社の法人格が否認され、株主有限責任の原則の適用が排除されるような場合です。したがって、親会社である日本法人は、当該国においてどのような場合に法人格が否認されるのかを十分に把握する必要があります。

3.  売却のタイミング

一般的に、企業が倒産に至るまでの過程は、3つの段階に分けることができます。どの段階にあるのかによって、取締役の義務、売却プロセスの進め方、債権者の関与、取引のストラクチャー及び条件は異なります。3つの段階(進行度が低い順)は、次のとおりです:①海外事業は財政難に陥っているが、法的倒産手続の開始には至っていない段階、②海外事業について、(裁判所又は裁判所が任命した者の監督下で)法的倒産手続の事前手続が進められている段階、③海外事業について、法的倒産手続が開始された後の段階。

親会社(日本法人)にとって最も重要なのは、上記の各段階において、売却プロセスをいかにコントロールできるかです。もっとも、法的倒産手続による監督・管理が厳格となるに従って、親会社がコントロールできる部分は減っていきますし、法的倒産手続が開始されれば、親会社の関与の余地は完全になくなってしまいます。法的倒産手続が開始された場合には、売却プロセスは、裁判所が任命した管財人等の完全な支配下に置かれることになります。このような状況を回避するためには、親会社(日本法人)は、早い段階で売却プロセスを開始し、かつ、売却プロセスを進めている間に当該海外事業が破綻しないようにするための措置を講じなければなりません。

法的倒産手続の中には、裁判所や裁判所が任命した管財人等による監督はなされるものの、所有者又は経営陣が引き続き経営の大部分を支配することが認められる手続(米国連邦倒産法第11章によるDebtor-in-possession(DIP)等)もあります。また、法域によっては、プレパッケージ型M&Aを行うことも可能です。プレパッケージ型M&Aとは、法的整理が予定されている会社がその事業を売却する場合において、法的整理の開始前に、当該売却について買主との間で合意を成立させておき、法的整理の開始直後に当該合意の内容を実行するというものです。但し、DIPやプレパッケージ型M&Aは、全ての法域において、いかなる場合においても活用できるものではありませんので、ご留意ください。

また、法的倒産手続を回避することが可能な場合であっても、売主は、状況に応じて利害関係人(ステークホールダー)の関与の度合いを上げていかなければなりません。借入先たる金融機関、顧客、サプライヤー、取引信用保険を提供している保険会社といった利害関係人を関与させることにより、状況のより正確な把握が可能になりますし、事業を成功させるために必要なサポートも得られるかもしれません。

4.  取引のストラクチャー

ディストレスト事業の買主は、リスクや債務を可能な限り売主側に残存させるような、自己のニーズに合わせてカスタマイズされたストラクチャーを採用することを通常想定します。そのため、株式の譲渡ではなく資産の譲渡という形が取られる傾向にあります(なお、ディストレスト企業に経営が安定している子会社がある場合には、当該子会社の株式の譲渡も取引に組み入れられる可能性があります。)。法的倒産手続の場合、十中八九かかるストラクチャーが採用されます。しかし、株式の譲渡に比べて、資産の譲渡は、手続がより複雑であり、対象となる資産を詳細に特定しなければならないため、より詳細かつ複雑な内容の契約等が必要となります。このように、株式の譲渡よりも資産の譲渡の方が全体的に複雑になる傾向にあります。

また、買主の視点で見た場合、取得する事業(海外子会社)とその親会社である日本法人との間の依存の関係の有無・程度も気になるはずです。売主(親会社である日本法人)は、売却する子会社について、親会社から完全に独立した状態での運営が可能であることを買主に対して保証するか、あるいは、それが不可能な場合は、移行期間中の売主と対象会社との間の取決めの内容を具体的に定めるなどして、子会社を売主から切り離すことによって生じ得る問題についてあらかじめ対策を講じておくことが望ましいと考えます。

5.  取引の条件

法的倒産手続中の企業の売却の場合、(在庫の変動といった限定されたケースを除き)クロージング後の購入価格の調整は行われず、何より、クロージングの前提条件は規制当局による許認可の取得に限定され、表明保証や補償に関する規定も設けられません。ディストレスト事業の売主は、法的倒産手続に至る前の段階におけるディストレスト事業の売却においても同様の方法による売却を実現しようと試みる傾向にあります。「投げ売り状態」の場合は、買主も売主の要求を受け入れるしかないケースが多々存在します。同時に、売主は、契約上のプロテクションが不十分であると感じた買主がデューディリジェンスを徹底的に行うであろうことを理解する必要があります。買主が表明保証保険に加入した場合についても、同様のことが言えます。十分な情報を手に入れるための徹底的なデューディリジェンスの実施及び資産の譲渡や一部の事業の売却に伴う複雑な手続等は、ディストレスト事業の売却における時間的な制約とは相容れないものです。

また、売主側及び買主側いずれにとっても、対象会社及び相手方当事者が取引実行後直ちに破綻することは絶対に回避したいはずです。なぜなら、かかる事態が生じた場合には、法的倒産手続の管財人等が、当該取引が「アームズ・レングス」で行われなかったことを理由に否認権を行使する可能性が存在するためです。否認権が行使された場合には、買主は、取得した事業を売主に返還することとなりますが、支払った購入価格の(わずか)一部しか取り戻すことはできないため、大きな打撃を受けることになります。したがって、買主としては、購入価格が公正な価格である旨のフェアネス・オピニオンを取得することが想定されますので、売主(日本法人)としては、かかる行動に協力する心づもりを有することが望ましいと考えます。