ブリーフィング
円安は日本へのインバウンドM&Aを活発化させるか?
野村ホールディングスの奥田健太郎グループCEOは、最近のFinancial Times紙とのインタビューで、円安により日本のインバウンドM&Aが活発化するのではないかとの見通しを述べました。確かに、日本のインバウンドM&A市場は以前から好ましい状況にあり、プライベート・エクイティ(PE)やアクティビスト(物言う株主)が、多額の資金を日本への投資に割り当てているという事実は、日本市場が魅力的であることを示しています。
複雑で多様な事業を持つことで知られるコングロマリット(多角的複合企業)型の日本企業は、事業のアンバンドリング(事業解体と収益性事業への特化戦略)・合理化を検討する必要に迫られています。同時に、中堅どころのファミリー企業の多くは事業承継問題に直面しており、外部の買い手を探さざるを得ない状況にあります。どちらの場合も、(ノンコア)事業の売却が必至となりますが、ファイナンシャル・スポンサーにとっては「El Dorado(黄金郷)」であり、戦略的投資を行う企業にとっては、もはや不可避な企業戦略である事業拡大や統合を目指す素晴らしいチャンスとなります。
日本の規制体制とビジネス文化は海外の買い手に公平な競争環境を提供しており、海外の投資家にとって良い環境と言えるでしょう。また、日本政府は日本のビジネスと取締役会の国際化を積極的に奨励しており、日本企業はより多様な経営と構造の良さをさらに認識するようになっています。このような有利な環境に加えて、歴史的な円安によって多くの日本企業の割安感が強まっています。
このように、日本は非常に魅力的な市場のように思われますが、実際にインバウンドM&Aの波が起きるには、いくつか障壁があるかもしれません。
第一に、日本企業は事業売却を好まない強い傾向があります。最近はオリンパスやJSRなど、祖業にあたる事業の売却に着手した企業もありますが、売却を行う場合でも日本の買い手を好みます。2021年が国内M&Aの記録的な年だったのはこのためです。また、多くの日本企業は、東芝の長期にわたる特殊で予測不可能なケースが、日本企業のアンバンドリングの今後の青写真を提供するのではないかという考えに引きずられてしまい、売却を控えているようです。
第二に、事業売却を考える日本企業は、取引を行うための障壁により、自社の資産が海外投資家から十分な関心を集めることができないのではないかと懸念している可能性があります。日本に拠点を有するPEファンドは数が限られており、チームもコンパクトで、他の案件で多忙であるという想定のもと、日本企業は事業の売却プロセスを棚上げにしているという噂もあります。また、日本政府による広範な水際対策により、海外の買い手にとって日本における取引やクロージング後の統合が特に困難であると、日本企業は実感しています。グローバルなM&A市場が冷え込む中、事業取得意欲の減退に対する売り手の警戒感はさらに強まるかもしれません。
第三に、戦略的投資を行おうとする企業は、過小評価されている可能性のある日本株をやみくもに買おうとはしません。縮小傾向にあり、広く投資しつくされた国内市場に限られた事業は敬遠されがちです。むしろ、東南アジアをはじめとする未開拓の市場への進出やアップサイドの可能性を秘めた事業、あるいは買い手のポートフォリオにとって補完性の高い事業が注目されます。日本の売り手と海外の買い手にとってのスイート・スポットは、日本企業が保有する日本国外のノンコア資産かもしれません。
最後に、海外の買い手にとって有利な為替レートが、彼らを日本企業との取引に引き寄せるのに十分であるかどうかは、まだ分かりません。世界的なM&Aの減少が、まだ企業価値評価の見直しには至っていないため、投資家は慎重に行動すると考えられます。
しかし最終的には、海外の買い手の潤沢な活動資金、円安、日本企業の相対的な低評価、中国等の主要市場がほとんど「立ち入り禁止」となっているという様々な状況が相まって、幅広く利益をもたらす日本のインバウンドM&Aの活性化につながる十分な追い風となるはずです。