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ブリーフィング

Sell-side M&A

売り手としての日本企業
― 国際オークションを有利に進めるために

2022年3月18日、経済産業省は、① Out-In M&A ② スタートアップ等海外企業と日本企業の国内外における協業・出資 ③ 対日直接投資におけるミッシングピースに関して取りまとめた報告書を公表した。対日直接投資促進戦略(2021年6月対日直接投資推進会議決定)にて2030年における対日直接投資残高を80兆円へ倍増させるという目標が掲げられている中で、海外企業による日本企業への投資(以下、「インバウンドM&A」という。)が進まない理由を探ったものであるが、クロスボーダーM&Aの業界に身を置く者としてその肌感覚と一致する部分は多い。

例えば、日本の取引額等は、欧米と比較にならないほど小さい。1,000億円超の案件で見てみると上記報告書の対象となっているアジア諸国 の中で最下位となっている。理由は明確で、日本では事業売却数が圧倒的に少ないからで、必然的にインバウンドM&Aの数も規模も小さくなる。報告書では、以下のように表現されている。

「日本の課題は、Out-In M&Aの対象企業/事業が顕在化していないことであり、その要因はセルサイドである日本企業が戦略的な事業売却に係る経営判断をしていないこと等と考えられる」「日本企業は事業の立て直しが迫られたタイミング等、売却せざるを得ないタイミングでしか、事業売却を検討していない認識 - 事業が好調のときであっても、事業ポートフォリオの見直しを行い必要に応じて事業売却を行うことで、企業全体の中長期成長に鑑みた最適なタイミングで売却すべき」

東芝に代表される日本企業とアクティビストの攻防、ISSやグラス・ルイス等議決権行使助言会社、それを取り巻く機関投資家の動向といった外部動向は、多くの日本企業が事業売却を検討する契機となり、これまで「アンタッチャブル」とされていた祖業の売却を行う企業も増えてきている。世界が目まぐるしいスピードで変容している中で、日本だけ動きを止めることは、「停滞」ではなく「後退」を意味する。

日本企業に起こり始めたこの潮流は歓迎すべきであるし、昨今の歴史的な円安の環境下、早急にポートフォリオの見直しや事業売却を完了しておこうという日本企業の機運は高まっている。この円安状況は海外投資家から見ると、これまでよりも何割もの割引価格 で日本事業を購入できる絶好のチャンスでもある。 事業売却において、従来は、国内だけで買い手を探すという日本企業も多かったが、最近は、売却価格の最大化、ひいては取締役の善管注意義務の観点から、海外投資家も事業売却のオークションに参加できるよう、プロセスレター、インフォメーションメモランダム、契約書を英語で準備する例が飛躍的に増えている。特に規模が大きくなるほどこの傾向は顕著である。

そこで、日本企業が事業売却を海外投資家が参加できる形で入札を行う「国際オークション」での勘所をまとめてみた。なお、テクニカルな論点は、多くの書物がすでに出ているため、ここでは、クロスボーダーM&Aに関わる者として、日本企業が売り手となる場合の実務上の注意点を見ていくこととする。

1 売却対象事業の特定(特にシステム関係)

特に事業の切り出し(カーブアウト)案件である場合、どの資産を切り出して売却するのか、どの資産を売り手の元に残すのかが、極めて重要となる。売り手としての日本企業は、カーブアウトコンサルタントを雇用し協働で カーブアウト事業(売却対象事業)の特定を行っていく。売却対象事業と売り手に残る事業が共に使っているいわゆる共用資産(例えば工場や土地)について、基本的には、売り手としては自分の手元に残しておいた方が有利に作用する場合が多い。売却対象事業による共用資産の利用は、賃貸借契約等のTSA(長期にわたるLTSA含む。)で対応することとなる。

こうした売却対象事業の特定に失敗すると、意図せず売るつもりでなかった資産を売ってしまって、しかもTSAも存在せず買い手から借りることもできないないという事態 になることもあるし、実際そのような案件に出くわしたこともある。

また、特にITや会計システムの切り離しは、どこまでの切り離しを売り手が行うのかを当初から確認し関係者間で認識を共有しておかないと、数十億円単位でインパクトが変わってくる。売り手としては、カーブアウトコンサルタントやITコンサルタントとのアドバイスを受け、切り出し内容が固まった時点で、(メールだけでの連絡ではなく)法律事務所と会議をしてその内容を誤解が生じない形(特に、売り手が行う「切り離し」を明確に)で伝えておくことが望ましい。契約文言の表現一つで、億円単位での違いがでてくる部分である。

2 海外準拠の契約と相手方の承諾

売り手から売却対象事業のカーブアウトを事業譲渡で行う場合は、契約相手方の承諾が必要となる。一方で、会社分割の場合は、契約で要求されていない限りは承諾の取得は不要である 。しかしながら、海外法準拠の契約があった場合、日本の会社分割の効力が海外法で認識されないことが殆どである。よって、相手方の承諾を取得することが法的には必要となる。但し、実務的には、売り手として承諾取得を義務として、取引実行の条件とすると売却の確実性を危うくするため、そのような承諾義務を可能な限り負わない形で交渉をしていくこととなる。

3 契約上の買い手のプロテクション

カーブアウト案件の場合、買い手から、SPA(売買契約)上のプロテクションとして「資産の充分性」「Wrong Pocket」条項を要求されることが多い。売り手としては、カーブアウト案件で最も恐ろしい条項の一つである。ゼロ回答 なのか、文言を調整した上で受けるのか、買い手の文言をそのまま受けるのかを、買い手との交渉の中で模索していくことになるが、オークションをうまく運営できれば(後述)、この辺りの交渉も売り手有利に進められる。

4 競争環境を保つことの重要性

まず、入札者に、評価の対象は価格のみならず、契約の内容も加点・減点の対象となることを明確に認識してもらうことが必要である。その上で、売り手としては、競争環境をできるだけ長く(可能な限りSPA締結の直前まで)維持すべきである。売り手である日本企業が、特定の買い手候補とのSPA交渉に入ったとしても、期限(独占交渉期間)を短期間に区切り、その期限内に交渉がまとまらなかった場合は次点の買い手候補に移る。このように買い手候補の競争環境を維持することで、売り手に有利な条件を引き出してきた例は枚挙にいとまがない。その意味で、国際オークションに慣れたファイナンシャルアドバイザーとその意図を理解し上手く交渉の中で実現できる法律事務所を起用することは極めて重要である。

5 海外企業との交渉の中でも最善を尽くすこと

日本企業と海外企業の双方を代理してきた身からすると、日本企業の場合、タイムテーブルが一旦決まると、それに向かい突き進むことが最優先となり、時には契約の重要論点を落としてでも、という判断となることがある。社内でタイムテーブルが共有されると現場の人間としては、あまり揉めずに予定どおり決着したいと考えるのは当然の心理である。しかしながら、SPAやTSAでの安易な妥協が、売却価格を実質的には数十億円減額したに等しいという事例は実際ある。上述した競争環境の上手な利用と交渉に最善を尽くすという経営企画部、法務部及び事業部の明確なアラインメントがプロジェクトチームの支えとなる。言語と文化の異なる海外企業が相手の場合は特に、「最善を尽くす」という目的の下で社内で一丸となれるかどうかが交渉結果を左右することも多い。また、相手方が、米国、ヨーロッパ、アジアであるかによって、交渉の仕方も変わってくる。Freshfieldsの場合、所内の弁護士の誰かに聞けばその企業(場合によっては担当者レベルで)の特性がわかるので、相手方の顔色を窺いつつ、押すべきか引くべきかを判断できるのだが、勝算がある論点でクライアントに引いてくださいと言われてしまうほど悔しいことはない。

6 まとめ

上記は、日本企業が事業売却を海外投資家が参加できる形で入札を行う「国際オークション」での勘所をまとめたものであるが、日本企業同士のM&Aでも殆ど同様のことがあてはまる。

特に、アクティビストに株を所有され、アクティビストから社外取締役を受け入れている日本企業は飛躍的に増加している。そのため、日本企業同士のM&A交渉においても、これまでの「信頼関係」に基づく契約交渉ではうまくいかず、欧米・アジアの企業を相手にするのと同じマインドセットで「厳しい」交渉をしていかないと、相手の不合理な条件を押し込まれる場面が増えてきた。日本企業なのにと面食らう一面もあるが、一方で、このような逞しい日本企業に出会うと、対立する立場であっても嬉しく思う。

日本の美徳である「謙虚さ」「誠実さ」は失いたくないが、相手方によっては、これらを宝箱にしまった上で交渉に臨まなければならない。

【参考資料】

「オークション方式の売却に備えるためのカーブアウト」「売主側のオークション戦略」に関する資料も添付した。

「オークション方式の売却に備えるためのカーブアウト」「売主側のオークション戦略」
(PDF - 1012.3 KB)

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