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ブリーフィング

日本企業の「アンバンドリング」の選択肢としてSPACは有望か?


SPAC、そこは最後のフロンティア。未知の世界を探索して、前人未踏の地に勇敢に航海 …

ベビーブーマーがこよなく愛するSFテレビドラマ「スタートレック」のオープニングナレーションの一節になぞらえてみました。ノンコア事業の売却を検討している日本企業にとって、SPAC(特別買収目的会社)は「宇宙」のように未知の世界かもしれませんが、その構造、仕組み、戦略、特性について十分な知識を身に着けておくのが賢明であると言っても過言ではありません。SPACにより調達された資金の驚くべき規模(2021年第1四半期だけで、2020年全体の830億米ドルを上回る金額まで到達)、買収対象を探しているSPACの数の多さ(400社超)、それから米国にはSPACにとって魅力的な買収対象があまり残っていないとの見方が広がっていることを考えると、SPACが米国以外の国や地域に目を向け始め、欧州やアジアで大きな取引が発表されたことは、ごく自然な流れと言えます。

SPACスポンサーにとって、日本企業は絶好の投資対象となるかもしれません。日本企業は、政府に駆り立てられ、株主アクティビストの監視にさらされ、パンデミックにより打撃を受けた事業の立直しを迫られる状況の中で、アンバンドリング(事業解体と収益性事業への特化戦略)を進めており、その動きがすでにPEファンドの関心を多く集めています。SPACは国や地域を超えて機敏に動くことができますが、国際的なPEファンドの動きは遅く、まだ日本において取引を成功させるために必要なチームやネットワークを構築できていないケースや、そもそも日本企業を投資対象とすることについて出資者(リミテッド・パートナー)の賛同を得られていないケースもあります。日本企業からすると、自社の「シンデレラ」(中身は魅力的であるものの、目を惹く華やかさがなく、脇に追いやられている)のような事業やあまり魅力的ではないノンコア事業を国内企業や国外の戦略的買収者(特に工業部門に属する事業会社)に売却したいと考えても、多くの戦略的買収者がパンデミックやデジタル化に伴う課題を乗り越えることに頭が一杯で、買収に「勇敢に突き進み」、産業の再編成に一役買う余裕がない現状では、売却先もなかなか見つからないかもしれません。

それでは、事業の売却を検討している日本企業は、SPACが売却先の候補となった場合に、どのような点に注意すればよいのでしょうか。日本の皆様のために、強調しておくべきポイントを以下にまとめております。

1. ストラクチャリング

SPACへ事業の売却をする場合、完全なエグジットは実現しにくいです。2020年のde-SPAC取引(SPACによる事業の買収とその後の企業結合)は、株式を対価とするもの(すなわち売主が対価としてSPACの株式のみを取得)が全体の53%で、次いで、株式と現金を対価とするもの(対価に占める現金の割合は平均してわずか20%)が全体の45%でした。したがって、売主は、SPACの株式を自社の株主に分配しない限り、SPACに事業を売却した後も当該事業に対する持分を引き続き保有すること(場合によっては、当該事業の舵取りを引続き担うこと)を想定しておく必要があります。売主は、SPACの株式を手放さないのであれば、de-SPAC取引実行後のコーポレート・ガバナンス(派遣できる取締役の人数、拒否権等)、ロックアップ期間(伝統的に、売主は6か月間、SPACスポンサーは12か月間。)、最終的なエグジット(ロックアップ、登録請求権(registration rights))及び株主の地位に留まることによる規制上の影響について、十分に検討をしなければなりません。

de-SPAC取引の場合、売主に対して支払われる対価が他の法域の上場企業の株式となるSPACの株式であるため、そのストラクチャーは、戦略的買収者やPEファンドを売却先とする伝統的な事業売却に比べて、より複雑なものになります。また、売主は、外国企業のガバナンスという点についても十分な権利を確保する必要があります。加えて、対象会社の資本構成を上場会社の資本構成へと変更する必要が生じる可能性があり、de-SPAC取引は会社の資金調達に係る契約の不履行事由に該当する可能性が高いため、何らかの対応策を練っておく必要があります。これらはテクニカルな問題のようにも見えますが、SPACの仕組みにまだ精通していない可能性のある日本の債権者に説明をしておくことが肝要です。

2. 交渉・取引の相手

ソフトバンクがSPACを複数立ち上げていますが、SPACへの事業の売却を検討している日本企業は、おそらく米国のSPACスポンサー相手に交渉をすることになるでしょう。米国では、TPG、ゴールドマン・サックス、アポロ、フォートレスといった一流の金融機関や投資ファンドがSPACを立ち上げていますが、PE分野のプロ、企業の重役、M&Aにそれほど精通していない個人がSPACのスポンサーになることもあります。スタートレックのカーク船長(ウィリアム・シャトナー氏)がSPACという「未知の世界を探索」することはないかもしれませんが、著名な元バスケットボール選手のシャキール・オニール氏や元野球選手のアレックス・ロドリゲス氏、その他の有名人がすでにその未知の世界に足を踏み入れています。いずれにしても、売主である日本企業は、SPACスポンサーが日本の業界やM&Aの世界についてそれほど精通していない場合を想定しておく必要があります。このことが取引の力関係に影響を与える要素となるからです。

売主が注意すべき要素がもう一つあります。de-SPAC取引の最終契約の締結時にPIPE(Private Investment in Public Equity: 上場企業の私募増資の引受け)により追加資金を調達する方法が現在の主流です。PIPEによりSPACの株式を取得した機関投資家や戦略的投資家は、クロージング後のSPAC及び対象会社のコーポレート・ガバナンスへ口出しをしようとする可能性があり、いずれにしても、前倒しで物事を進めようとするでしょう。

3. 将来予測、財務諸表、報告義務

現在のSPAC市場の決定的な特徴として、SPACと対象会社が将来予測を使ってバリュエーションを正当化し、取引を宣伝していることが挙げられます。財務予測の使用は、国によっては禁止されています。米国においては、厳格に禁止されているわけではないものの、引受証券会社の責任や将来予測に関する記述(forward-looking statements)に関するセーフハーバー規定の適用の制限もあって、財務予測が使用されるケースはほとんど見られません。de-SPAC取引の場合、セーフハーバー規定による保護を受けられることに加えて、引受証券会社も存在しないことから、将来予測が当然のように行われているという特徴があります。3~5年分の将来予測を用いることで、IPOを行う場合よりも高いバリュエーションが可能になります。しかし、そうした将来予測は公表しなければならず、将来何らかの責任が生じる可能性は否定できません。

カーブアウトによる事業売却の多くでは、過去何年分もの、場合によっては直近の会計年度の分でさえ、カーブアウトされる事業を対象とする独立した財務諸表は用意されません。信頼性の高い(監査済の)財務諸表が利用できないことにより買主側が感じる不安を払拭するのは容易ではなく、de-SPAC取引の場合、規制当局や証券取引所からは過去3年分までの財務諸表を要求され、米国に上場しているSPACの場合には、公開企業会計監視委員会(PCAOB: Public Company Accounting Oversight Board)が定めた基準に従って監査された財務諸表を要求されます。買主や関係当局、証券取引所が納得できる形で財務諸表を作成して監査を行うことは、比較的高額の費用と、莫大な時間や労力がかかるものであり、さらにはクロージングの前提条件とされる場合もあります。

日本ではSPACに関する法制度がまだ整備されていないため、日本企業が事業をSPACに対して売却したいと考えた場合、売却先候補は、日本以外の証券取引所に上場するSPACになります。事業を売却する日本企業にとって、de-SPAC取引に伴う外国の規制要件や開示要件はなじみのないものであり、想定以上の負担になるかもしれません。世界中の証券取引所がSPACの上場の誘致合戦を繰り広げており、規制関係もそれぞれ異なる可能性があります。事業を売却する日本企業は、そのことを踏まえた上で、それらの規制を確実に遵守できるように適切な助言を得る必要があります。

4. 取引条件

de-SPAC取引は、その本質においては、非公開企業を対象とする通常のM&A取引と何ら変わらないので、条件の交渉も基本的には同じように進められます。もっとも、de-SPAC取引に固有の特徴もあります。例えば、クロージングの前提条件に違いが見られます。SPACは実際に事業を行っておらず、株主も多種多様であるため、競争当局やその他の規制当局の承認が得られるか否かについては特に問題にはなりませんが、SPACは、他の不評なクロージング前提条件を要求しなければならないかもしれません。SPACは、株主から「白紙委任状」をもらっているわけではないため、どのような取引であっても、株主の承認を得る必要があります。ただ、圧倒的多数のde-SPAC取引について、SPACの株主の承認が得られています。それよりも重要なのは、多くのSPACでは、サイニングからクロージングまでの間に、借入れやPIPEを実施することにより必要な資金(現金)を確保して、株主がde-SPAC取引への参加ではなく株式の償還を選ぶことのないように株主を説得する必要があるという点です。これをクロージングの前提条件から排除することができない場合には、その不成就のリスクをカバーするものとして、リバース・ブレイクアップフィーを定めることが一般的な手法ですが、de-SPAC取引ではめったに見られません。

de-SPAC取引において、表明保証違反があった場合の補償に関する規定を契約に盛り込まない理由はないはずです。しかし、2020年に行われたde-SPAC取引において売主の補償条項が契約に盛り込まれていたのは、全取引のわずか30%に過ぎません。莫大な資金力のあるPEファンド、SPAC、戦略的買収者が魅力的な買収対象を求めて競い合っている今の「売り手市場」が続けば、売主の交渉力がますます強くなっていき、売主の補償条項が盛り込まれない傾向が強まっていくかもしれません。

5. タイミング

de-SPAC取引の利点の一つとして、その迅速性が挙げられます。しかし、この利点は、事業を売却したい日本企業にとって、革新的と言えるほどのものではないかもしれません。第一に、どのような形の売却であっても、「dressing-up the bride(花嫁のドレスアップ)」、データルームの設置、取引関連契約等のドラフティングなど、一定の適切な準備を行う必要があります。第二に、日本企業は伝統的に意思決定に時間を要する傾向にあるため、de-SPAC取引が他のエグジット・ルートに比べて多少迅速であっても、それほどプラスに評価されないかもしれません。

逆にSPACの視点で見た場合、企業結合を完了するまでの期限が限られていること(一般的には上場後24か月以内)は、いわゆる最終期限が迫っていて売主の内部手続が完了していない場合、決裁に時間がかかる日本企業を売主とする取引を行う障害になるかもしれません。その反面、SPACスポンサーが最終期限前に何としても取引を成立させたいと考える場合、売主は交渉をさらに有利に進めることができるでしょう。

一般的に、米国に上場しているSPACの場合、買収対象との企業結合についてSPACの株主の承認を得るためには、米国証券取引委員会(SEC)へのファイリングを行わなければなりません。2020年に行われた取引における、サイニングから最初のSECファイリングまでの期間の中央値はわずか21日間であることから、SECファイリングは取引スケジュールに大きな影響を与えるものではありません。しかし、2020年に行われた取引において、SECの承認が得られた後のサイニングからクロージングまでの期間の中央値は3.5か月であり、これは、反トラスト法上の懸念が特に生じないような通常の事業売却に要する期間とほぼ同じです。SPACを当事者とする取引の場合、合併規制上の承認やその他の規制上の承認が必要とされることはめったにありません。

6. コミュニケーション

SPACへの事業の売却を検討している日本企業の株主である日本の企業や個人は、事業をSPACに売却することについて、懐疑的な見方をするかもしれません。したがって、SPACを売却先候補とする売主は、従業員、重要な顧客、取引先・債権者、世間、メディアとのコミュニケーションをどのように進めていくべきか、戦略を練っておくことが賢明です。日本にも有能なチームを置いている国際的なアドバイザーであれば、海外でSPACに関する経験を積んでおり、かつ、日本の市場にも十分に精通しているので、適切な助言が得られるはずです。

コンタクト: ヨハン・エルロットSebastian Fain / 中島 智子